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広島高等裁判所 昭和56年(ネ)349号 判決 1983年9月07日

主文

一  控訴人らの各控訴をいずれも棄却する。

二  附帯控訴に基づき昭和五六年(ネ)第三四九号、第三九二号、第三九三号事件の原判決を次のとおり変更する。

(一)  控訴人岡本政彦は被控訴人に対し一六三万五一五五円及びこれに対する昭和五五年四月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  控訴人藤岡栄治は被控訴人に対し一七四万七五六〇円及びこれに対する昭和五五年四月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  控訴人益川輝己は被控訴人に対し一七〇万一五七四円及びこれに対する昭和五五年四月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、第一、二審とも控訴人らの負担とする。

事実

(申立)

一  控訴人(附帯被控訴人)ら

原判決をいずれも取消す。

被控訴人の各請求(当審における拡張請求を含む)をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人(附帯控訴人)

主文一ないし三項同旨

(主張)

当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、第三四九号、第三九二号、第三九三号事件の各原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する(但し、第三四九号事件の原判決三枚目裏一行目の「そのうち」から三行目までを「右賃金請求債権を自働債権として」と改める。)。

一  被控訴人の主張(当審における拡張請求)

第三四九号事件の原判決二枚目表三、四行目及び同裏二、三行目の「一六一万八二二三円」とあるを「一六三万五一五五円」と、第三九二号事件の原判決二枚目表七行目、同裏五行目及び同八、九行目の「一七二万九〇八七円」とあるを「一七四万七五六〇円」と、第三九三号事件の原判決二枚目表七行目、同裏五行目及び同八、九行目の「一六八万三七三五円」とあるを「一七〇万一五七四円」とそれぞれ改める。

二  右拡張請求に対する控訴人らの認否

右主張事実は争う。

三  控訴人らの主張

(一)  権利の濫用

(1) 控訴人ら・被控訴人間には現在広島地裁福山支部に控訴人らを含む一二名の者を原告とし、被控訴人を被告とする解雇無効確認、賃金等請求事件(別訴本案訴訟)が係属している。

(2) 本件訴訟の前提となつている地位保全、賃金支払仮処分事件の確定判決において、被控訴人の控訴人らに対する解雇が無効であるとして地位保全がなされている。

(3) しかるに、被控訴人は別訴本案訴訟の確定をまたず、性急に本件訴訟を提起したのは控訴人らに対するいやがらせであり、組合活動に圧力を加え、組合活動を切りくずす意図でなしたものである。

(4) また、控訴人らが別訴本案訴訟で勝訴しても、被控訴人が無資産、無資力であるから賃金の支払いを受けることが事実上不可能な状態にある。本件訴訟の提起はこのような不当な結果を意図してなされたものである。

(二)  利得の消滅・現存利益の不存在

(1) 控訴人らが受領した仮払金は全て全国一般労組宝運輸分会に闘争資金として拠出し、当時就労しながら賃金の支払いを受けていなかつた八名を加えた一三名の組合員の生活資金として分配した。

(2) 仮払金を受領しなければ右宝運輸分会に拠出することもなかつたものであり、同分会に闘争資金として拠出したことにより、利得は全て消滅し、現存利益は存在しない。

(3) 同分会に拠出した資金はその後一三名の組合員に平等に分配されたから、少くとも各控訴人らの有している利得は一三分の一に過ぎない。

四  控訴人ら主張に対する被控訴人の認否

(一)  右(一)の(1)、(2)の事実は認め、(3)、(4)の事実は否認する。

(二)  右(二)の事実は否認する。

仮に、本件仮払金を控訴人らの主張のとおり控訴人らが労組に拠出して分配したとしても、控訴人らが強制執行に基づいて受領した仮払金を拠出、分配したものであつて、控訴人らの主張は失当である。

(証拠)(省略)

理由

一  各控訴人に対する請求原因について

各控訴人に対する請求原因1、2(但し、仮払金額の点は除く)の事実は当事者間に争いがなく、各控訴人に対する仮払金額の点は成立に争いのない甲第三、四号証によつて認める。

二  ところで、控訴人らが被控訴人から受けた仮払金は賃金仮払仮処分の判決によつて訴訟上仮に形成された賃金仮払請求権によるものであつて、実体上の賃金請求権によるものでないから、二審判決によつて一審判決の賃金仮払を命ずる部分が取消され、控訴人らの賃金支払を求める仮処分申請部分が却下された以上、法律上の原因を欠く不当利得金として被控訴人に返還すべきものと解せられ、また控訴人らはいずれも二審判決が云渡された昭和五五年三月三一日には仮払金を受けたことにつき悪意の受益者となり、仮払金に民法所定の年五分の利息を付して被控訴人に返還すべきものと解せられるので、被控訴人の各控訴人に対する本訴請求は控訴人らの抗弁が認められぬ限り理由があるというべきである。

三  控訴人らの抗弁について

(一)  権利の濫用について

控訴人らの当審における主張(一)の(1)、(2)の事実は当事者間に争いがない。

当審証人武内利忠及び当審における控訴人岡本政彦の供述中に、同(一)の(3)の主張にそうかのような供述が存するけれども、弁論の全趣旨によると、被控訴人の本件訴訟の提起は正当な権利行使に名を借り、専ら控訴人らの組合活動に圧力を加え、組合活動を切りくずすことを意図したものであるとはいえず、したがつて右供述部分については当裁判所はこれを措信せず、他に右主張を認めるに足る証拠はない。

次に同(一)の(4)の主張につき検討するに、前記供述によると被控訴人が資産、資力に欠け、控訴人らが将来別訴本案訴訟で勝訴しても賃金の支払をうけることができないおそれが窺われないではないけれども、そうだからといつて、右事実をもつて控訴人らが被控訴人の仮払金返還請求権を阻止する事由とすることができず、本件訴訟の提起は権利の濫用であると断定することができない。

よつて、控訴人らの右抗弁は採用できない。

(二)  利得の消滅・現存利益の不存在について

当審証人武内利忠の証言によつて成立を認める乙第四ないし第七号証及び右証言並びに当審における控訴人岡本政彦本人尋問の結果によると控訴人らの当審における主張(二)の(1)の事実は認められる。

しかしながら、前掲証拠及び前記甲第四号証並びに弁論の全趣旨を総合すると、控訴人らの仮払金の拠出は控訴人らが取得した仮払金の無償譲渡(贈与)と認められ、外形的には利得の消滅をきたしているようにみえなくもないが、それは控訴人らの責任において行われた財産の処分であるというべきであつて、利得の消滅とみることができず、また分配後に控訴人らが生活費として費消したとしても利得の消滅ないし現存利益の不存在ということはできない。

よつて、控訴人らの右抗弁は採用できない。

(三)  相殺の抗弁について

控訴人ら主張の各自働債権につき被控訴人に対し訴求中であることは控訴人らの認めるところである。

そこで、現に裁判所に係属する訴訟の訴訟物となつている債権を以て他の訴訟において自働債権として相殺の抗弁を提出することが許されるかについて検討する。もし、これを許すとすれば、民訴法一九九条二項により相殺のため主張された債権の存在または不存在の判断は相殺を以て対抗した額について既判力を有する結果、同一債権が既判力を有する両判決において矛盾牴触する判断がなされる可能性を招来するばかりでなく、訴訟経済上も無益なことであるから、相殺の抗弁についても民訴法二三一条を類推適用して、現に裁判所に係属する訴訟の訴訟物である債権を以ては他の訴においてこれを相殺の用に供しえないものと解するのが相当である。

したがつて、控訴人らの相殺の抗弁はその余の判断をするまでもなく失当であつて採用することができない。

四  よつて、被控訴人の各控訴人に対する本訴請求は当審における拡張請求をも含め正当である。

しからば、控訴人らの各控訴は理由がなく、被控訴人の附帯控訴は理由がある。

よつて、右趣旨に従い、控訴人らの各控訴を棄却したうえ、原判決を主文のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九三条を各適用して、主文のとおり判決する。

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